§1. なぜ「授業の質」について対話するのか
英語の授業風景
中高一貫教育の時期は、人生の基礎となる好奇心に満ちた大量の知識を受け入れると同時に豊かな体験をする時です。そして生涯の師や友人と出会う時でもあります。ですから、多くの人は、人生の困難な局面に出会ったときに、青春時代に思いを馳せ、その過程で得たかけがえのない大切な心を思い出し、勇気を奮い起こして、再び立ち臨むのです。
それほど大切な6年間に、最も長い時間を費やすのは、何でしょうか?それは授業です。二度と戻ってこない大切な時間の多くを授業の時間が占めています。ですから、授業には、生徒の青春時代に大きな責任があるのです。受験学力だけ養成して終わりにはできないのです。
人生の基礎をつくるのが授業の大きな使命です。しかし、このかけがえのない時間が大切であることは、偏差値やお金などの量で換算することに慣れきったこれまでの現代社会においては、忘却されてきました。教育力も、大学進学実績や偏差値に左右されることも少なくありませんでした。
国語科の教科会議の様子
ところが、2011年3月11日に起こった出来事は、私たちに量やお金で測ることのできない、かけがえのない質をあらゆる領域で見出し大切にすることを呼び覚ましました。
聖学院も、このような時代認識を強く感じ取り、この4月からあらゆる教育のシーンで対話して、もう一度その質の大切さを学内外で共有しようという動きを開始しました。教員が授業や面談で生徒に立ち臨むときの心と技術についての対話、グローバルな未来の世界へのビジョンを見据え、時代の変化に翻弄されない精神をいかに育成するかについての対話、テキスト内の知識の関連付けの境界線を越え生活や社会を支える有用な知識のつながりを学び取るための授業の質についての対話など、学内は質を再現する対話に満たされています。
国語科の教科会議の様子
このページでは、どの教育機関でも外からではアクセスしにくい授業の質について、どのような対話を行っているか、その過程についてお知らせします。授業の質についての対話は、思春期において、生徒がどのように知を構造化し、繊細で豊かな感情を組織化して成長していくのか、多角的で立体的な視点を顕在化する過程です。この視点を共有することによって、子どもの成長に対する不安をいっしょに解消していくことができるでしょう。
もちろん、知の構造化や感情の組織化を目に見えるようにすることは困難な道行ですが、私たちが対話し続けることによって、いまここでの生徒の悩みを未来の可能性を開く糧とすることができるはずだという信念を持っています。今ここでの生徒の苦悩は、グローバルな世界の舞台でリーダーシップを発揮する糧でもあります。場当たり的で苦し紛れの対症処療法では、受験学力以上の成長を促す糧とすることは難しいのです。
聖学院は、学んだ力で十分であるとする受験学力の常識に挑戦し、学ぶ力と学ぼうとする力、そして共に生きる力を育成し、未来を拓くタレントを輩出する授業を展開し続けます。