【クラブ活動】高校美術部 広島平和研修を実施しました
8月20日(月)~23日(木)3泊4日で広島平和研修を実施した。非常に暑い日々だったが実りのある4日間を過ごせた。絵を描く技術的な進歩以前に、感性を豊かに育むことが研修のねらいであり、自分と社会との関わりや歴史的事実などを見たり感じたりすることに主眼をおいた。
8月20日「平和」についての考察 初日は原爆ドーム、平和記念公園、資料館を見て回り、戦争と平和について考えた。実際に被爆した建物やものを目にし、原爆の恐ろしさを知った。資料館の展示物には生々しい遺体の写真や熱線により溶けてしまった瓶などがあり、長くは見ていられないものもあった。原爆ドームから少し離れた場所に爆心地があり、そこに行って空を見上げてみた。600メートル頭上で原爆が炸裂し、多くの犠牲者が出たことを想像し、生徒たち皆でその気持ちを共有した。ひっそりと石碑が置いてあるだけであまり訪れっている人が少ない様子であったが、意味深い場所であった。
「原爆ドームに行ったとき、外国人が多くいた。戦後70年を越えたとは言っても敵国だった人たちが鐘を鳴らしているのを見て、平和は今、この時なのではないだろうかと感じた。」(高Ⅱ西村詩音)
「私たち日本人は原爆を落とされた事実や恐ろしさを歴史の授業で学んだりする。一方で自分がアメリカで留学中、世界史の授業では真珠湾攻撃や日本のネガティブな部分を多く取り上げていた。日本人としての立場で気まずかった。両方の視点があることがわかった。」(高Ⅱ高月亮寿) 「平和とは尊く築くことが難しい概念」(高Ⅱ山路卓魅) 「人間が復興する力は早いなと感じた。広島はほとんど荒れ地になったにも関わらず、今は原爆ドームを除いてそのようなことを感じさせない年になっている。戦争でたくさんのものを壊すことは悪いことである。それ以上に人間は強いとかんじた。」(高Ⅱ中村仰)
8月21日 世界遺産「厳島神社」
普段はなかなか見ることができない世界遺産を間近で見た。厳島神社は593年に建立され、赤い鳥居は潮の満ち引きにより瀬戸内海湾岸にぽっかりと浮かんでいるように見えることで有名である。訪れた時にはちょうど干潮で鳥居の近くまで歩いていく事が出来た。潮の満ち引きを考えて設計された神社のつくりとその時代の人の美的意識に感動した。昔も今も人間の美意識や思考には不変的なものがあるのかもしれない。また、名産品である伝統工芸品の数々も目にする。そこで私たちは銘菓もみじ饅頭の手焼き体験を行う。自分の手でつくった焼きたての味をかみしめることができた。
厳島神社から広島市外へと戻ると見慣れた都会の風景に逆戻り。古き良き文化と繁栄とを対比して考えることができた。
「潮の満ち引きのシステム、良く考えたなあと思った。日本の人は昔から頭が柔らかかったのかもしれない。もみじ饅頭は宮島が発祥とは思わなかった。」(高Ⅰ小川森) 「文化は今ある建物、食べ物、伝統などに必要なものであり、それがあったから平和な環境で人間の生きやすい場所もつくってくれた。人間の宝だと思った。」(高Ⅱ菊池海)
8月22日 美術館めぐり
広島県立美術館、ひろしま美術館、広島城、広島現代美術館を一気にめぐる。広島県立美術館では「スタジオジブリ博覧会」を鑑賞した。昔懐かしい風の谷のナウシカや天空の城ラピュタ、もののけ姫などの原画や設定資料、映画になる前の企画書のやりとりなどが展示されていた。1つの作品を出来上がるまでのプロセスを見ることができて、とてもためになった。生徒が食い入るように展示を見ていて、予定の時間よりもだいぶ長くとるほどだった。スタジオジブリの人をひきつける映画コンセプトがどれだけすごいのかがわかる。
ひろしま美術館では「やなせたかし展」を鑑賞。アンパンマンの作者で有名である。今も昔も変わらぬ人気がどこにあるのか、不変的なテーマを探った。やはりキャラクターの素朴さや優しさ、その話の中にあるさりげない道徳観が人気の秘密なのではなかろうか。
広島城の天守閣内は資料展示室になっていて、着物や袴、武具の着付け体験もできた。広島現代美術館では「モダンアートの再訪」を鑑賞。ダリ、アンディウォーホル、ロバートラウシェンバーグ、ロスコ、フォンタナ、日本人では草間彌生、赤瀬川原平、榎倉康二など、有名な作家の作品を見ることができた。シュルレアリスム、抽象表現主義、ポップアート、現代まで美術史の文脈を一挙に学んだ。教科書で学ぶよりもやはり実際が大切だと感じた。美術館は企画展の他にも常設展示があり、各美術館において所蔵品の数々を見ることができた。ダリ、カンディンスキー、ゴッホ、セザンヌ、シニャック、レオナールフジタ、世界や日本の近代美術における重要な作家の作品を目にすることができた。生徒たちはダリの大きな絵の作品に群がり、本物かどうかを議論していた。「ホンモノだよ」と思いながらも、メディアの普及に伴う作品のビジュアルイメージの価値観について考える場面もあった。
「正直美術館にはよくわからないものも多くあったがそれも芸術なのかなと思い自分も自分ならではの作品をつくりたい。」(高Ⅱ小林瑶治) 「一見するとそれぞれ何なのかわからないが裏話や解説を読んでみると実はちゃんとした意味があると気付けた。」(高Ⅱ塚本健斗) 「全ての作品において何かしらの目的や伝えたいことが存在している。例えば反ファシズムや特定のイデオロギーへの反対などだ。その目的があってこそより一層美術品としての迫力が増すのではないかと考える。現代に向かうにつれ、多くの作者がポストモダンな味を散りばめた作品を残していることにも深く感心した。」(高Ⅱ佐藤拓弥) 「広島の美術館を巡ってみて原爆関連のものが必ずと言っていいほどおいてあり、その作品のどれも怖いと少し思う迫力のある作品だった。過去の惨劇を絵や文字で残していく事はとても良いことだが、それにとらわれすぎてネガティブすぎるものも気になりました。そこまでネガティブにならずに、これから自分の作品に多少平和を取り入れてゆきたい。」(高Ⅱ江森草太) 「人生において影響を受ける瞬間がある。自分が聖学院に入学してこの研修に来ているのも、仲間にであえたのも父親が聖学院の卒業生でなかったらありえなかった。また、今積極的に色んな価値観をもった人と関わろうとしているが、その場面場面を大切にしたい。色んな文脈のなかで人間は生きていると思う。」(高Ⅱ菅谷大地)
8月23日 帰京 台風を背に逃げるように東京へ帰る。前夜より台風や大雨の情報があったため、山陽新幹線の帰京の時間を早め、予定もカットしてバタバタと広島を後にした。
この研修では当初、広島県呉市を訪れる計画であったが、西日本豪雨の影響から断念した。山陽本線が1カ月たっても復旧しておらず、呉市に行くことができなかったからだ。自然災害の爪痕も間接的ではあるが痛感した。
西日本豪雨において亡くなられた方々へご冥福をお祈りするとともに、あらためて被災地の方々へお見舞いを申し上げます。
(文:高校美術部顧問 伊藤隆之)